高遠町に関する豆知識
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高遠町(たかとおまち)は、長野県中部の上伊那郡に属した町。サクラの名所として、全国的に有名。高遠藩の城下町であった。 2006年(平成18年)3月31日 伊那市、長谷村と合併し、新『伊那市』として発足。117年の歴史に幕を閉じた。なお、旧町域には市町村の合併の特例に関する法律(合併特例法)に基づく地域自治区が2016年3月30日を期限として設置された。
地理
中央構造線が通る、南アルプスと伊那山地に挟まれた山間の土地。隣接していた自治体
歴史
- 高遠城の城下町として発展する。
- *東高遠 - 郭内町、板町、殿坂町、若宮町、 北村町、大屋敷町、荒町、宮下町、新屋敷町、下タ町、久保川町、横町、馬場町、厩脇町、花畑町、田中町
- *西高遠 - 本町、中町、霜町、梅町、鉾持町、高砂町、横町、新町、清水町、袋町
沿革
- 1871年(明治4年) - 廃藩置県により、高遠藩が高遠県となる。後に筑摩県。
- 1875年(明治8年)1月23日
- * 高遠城下東部の16町と地方(じかた、在郷村)の板町村が合併して東高遠町が、城下西部の10町と地方の鉾持村が合併して西高遠町が、それぞれ成立。
- * 的場村、弥勒村、板山村、野笹村、中村、中条村、黒沢村、四日市場村が合併し長藤村となる。
- * 山室村、荊口村、芝平村、山田村、小原村、勝間村、非持村が合併して河合村となる。
- * 御堂垣外村、片倉村、水上村、荒町村、北原村、台村が合併して藤沢村となる。
- 1881年(明治14年)7月27日 - 河合村が山室村、荊口村、芝平村、上山田村、下山田村、小原村、勝間村、非持村に分立。(非持村はのちの長谷村へ。)
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行
- * 西高遠町と東高遠町が合併して高遠町が発足。
- * 上山田村、下山田村、小原村、勝間村が合併し河南村が発足。
- * 山室村、荊口村、芝平村が合併して三義村が発足。
- * 藤沢村は合併を伴わずに発足。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 高遠町、長藤村、三義村の3町村が合併。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 藤沢村を高遠町に編入。
- 1964年(昭和39年)4月1日 - 河南村を高遠町に編入。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 伊那市、長谷村と合併し、(新)伊那市となる。
地域
教育
交通
道路
- 一般国道
- * 国道152号(杖突街道)
- * 国道361号(権兵衛街道)
- 都道府県道
- * 長野県道209号沢渡高遠線
- * 長野県道211号芝平高遠線




